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記憶のかけら

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2011年の美術館訪問記録




何気に結構行きました。

①2011.04  美術館「えき」KYOTO 『ルパン三世展』
②2011.05  メルシャン軽井沢美術館『アンドレ・ケルテス写真展』
③2011.05  小海高原美術館 『フィンランドと日本の生活デザイン展 『木の椅子』』
④2011.06  Hara Museum ARC 『宇・宙(コスモス)』
⑤2011.07  美ヶ原高原美術館 『ミッフィーはどこ?たのしいお庭』
⑥2011.08  金沢21世紀美術館 『イェッペ・ハイン360゜』
⑦2011.08  松本市美術館『土門拳の昭和』
⑧2011.09  中之条ビエンナーレ2011
⑨2011.11  軽井沢千住博美術館
⑩2011.12  小海高原美術館『見て・触れて・体験して・学んでよくわかるデザイン展』
⑪2011.12  K*MoPA 清里フォトアートミュージアム『Worldwide@YoungPortfolio展』
⑫2011.12  清春芸術村
⑬2011.12  えほん村

# by horomaru | 2012-01-02 16:14 | メモ

IT断食

あけましておめでとうございます。
今まで、年頭にブログを書くことは
ありませんでしたが、今年はちょっと書きたいと思います。

今日は、家族とご飯を食べたり、
初詣に行ったりとのんびりとした元旦でした。

ただ、その合間合間にtwitterやfacebookをみたり、
RSSでブログをCheckしたり、
evernoteで溜めて置いた記事を読んだりしていました。

昔から正月気分というか寝正月のようなことが
できない性分なのもあるのかもしれませんが、
段々きもちが落ち着かなくなってきました。

情報を大量に浴びて、そわそわ焦りはじめる。
でも、どんなことに焦り始めているか
意識化に挙がってこない。
無意識化で一生懸命情報処理しようとして、
メモリ不足になる感じだと思います。

ちょっと気を抜くと、
上で書いたような状態に、ここ数年なりやすい。
その度、「情報のバルブを絞る」と
いったようなことをつらつら書く自分がいます。
最後には、「からだ」が大事だみたいな結論で....。
(そもそも、情報を浴びなきゃいいのにという話ではありますが...。)

新年ですし、今年はそろそろ
落とし所を見つけないといけないと思い始めました。
去年読んだ本の中でベスト3に入る
『ネット・バカ』という本があります。すごく簡単に言ってしまうと、
ネット脳とでもいうべき、デジタルネイティブたちは、
「情報処理能力は向上しているが、物事を深く考える能力は退化している」と。
読んだ後痛感していたんですが、また逆戻り。
(このことについても書かれていたんですが..)

「からだや五感が大事」というのは、いつもの結論になってしまうので、
今年は強制的な「IT断食日」を取り入れてみようかと思います。
iPhone持たないとか、PC触らないとか。
平日仕事しているときは、無理そうなので、
週末どちらかだけとか、平日でも、帰宅してからは本だけを読むとか。
どこまでできるかわかりませんが、
一応元旦に誓ってみます。
# by horomaru | 2012-01-01 23:36 | メモ

2011年末に




2011年、年末。
このブログを開設したのは4年前の年末。(HPはもっと前)
今年はちょっと時系列的に振り返ってみようっと。

2007.12.31 『弱さも強さも受け止めて』
前年の後半に、祖父母を亡くしてから一年。何だか寂しい年末だった気がする。
じぶんの身の振り方という意味でも、悩んでいた気がする。

2008.12.31『今年1年もありがとうございました』
9月のリーマン・ショックで、年末は年越し派遣村が話題になっていた。
地元に戻って働き初めた。結婚した年。
大学時代のお師匠さんを亡くした。詩やHP関係で賞を頂いた。

2009.12.31『年の瀬、年の始まり』
このエントリーの中で、
●「時間モデルの変化」についてというメモ書きをしている。
二年前。この辺りから、
「時間」についてひっかかり始める。(クロノスとカイロスの違いとか)
ビジネスの頭とクリエイティブな頭がせめぎあい始める。
(別にそれは同居並列できることではあるんだけれど)
落とし所を見つけようとしたり、現実に流されそうになったり。
読む本も変わり始めていて、葛藤しながら試行錯誤の日々。

2010.12.31『2010年の年末に』
去年も一昨年同様、スピードのことをちらっと書いている。
未来へ視点が向いている。こどもをさずかった年。

さて。今年、2011.12.31。
時間は、過去から現在そして未来へと繋がっているとして、
今想うことをメモしておこう。
と、書いたばかりで申し訳ないけど、時間が繋がっているような気がしない。

3.11と原発事故、歴史的な円高とユーロ危機、
独裁者たちの死、政治の混乱....etc。
時代の流れから、権威崩壊の足音と新時代の幕開け
(これは、2011.7.18『フラット化と偏在性への志向』で詳しく)
を感じずにいられない。

とはいえ、新しい時代の青写真や風景を想うことがうまくできない。
だから、どこかで、既存権力構造が瓦解していくのを
楽しんでいるようなじぶんを否定することができない。
(このことは、内田先生のブログ『劇化する政治過程・カオス化する社会』を参考)

未来を描くというのなら、去年の年末にも、ちらっとメモしたけれど、
経済成長なんてしなくても幸せに暮らせる社会」がいいとは想う。
でも、その具体的な方法やじぶんの立ち位置が定まらない。
時間はあまりなさそうだ。
じぶんの頭で、じぶんの立ち位置を見つける努力を、
本気になってしないといけないなぁと感じる2011年の年末。

# by horomaru | 2011-12-31 15:00 | メモ

海という音

波は、ただよい、たゆたい、たまゆらに、
音は、手繰られ、離れて、消えてゆく。
# by horomaru | 2011-09-04 22:40 | ふぉと

フラット化と偏在性への志向

今日は、ちょっとだけインターネットのことを
書こうと想う。ただ、多くの人たちが既に言っていることであって
目新しさはない。じぶんの思考の整理のために。

もう十年くらい前だけど、ジョージ・リッツアの『マクドナルド化する社会』や、
これも数年前のトーマス・フリードマンの『フラット化する世界』など、
合理化とインターネットの進歩によって、世界は平準化されるという。
また、ガタリ、ドゥールズの『千のプラトー』を引けば、
トゥリー状の組織や権威からリゾーム化された価値へと文明は転換していくと。

amazonのロングテールだったり、
スティーブ・ジョブスのカウンターカルチャーの流れや、
ウィキリークスやアノニマスのアンチ権威性、
日本で言えば去年の尖閣問題や京大のカンニング、
最近で言えば、前復興相の発言問題とか、
要するに、今までの権力構造が大きく変わり始めている。
(というか、変化はとっくに起こっていて、多くの人の目に付き始めている)

歴史や権威、ブランド、伝統。
こういったものは、よく言えば、信頼性があり安心できる。
しかし、ストックよりもフローを重視する現代のような時代では、
砂漠に向かう川で、流れを堰き止める大きな岩のような存在にもなる。
これからの十年、そのような大きな岩は
小さな岩に砕かれ、川の流れは早くなっていくと想う。
ただ、流れが急過ぎて、大事なものまで流されてしまうという可能性も
同時にあると想う。
でも、そんなところでは、たぶん歴史が繰り返されるのだろう。


# by horomaru | 2011-07-18 21:47 | メモ

日常性の普遍さ

『日々はそれでも輝いて』(詩:谷郁雄 写真:佐内正史)
という幻の写真詩集がある。
出版されたのは6年くらい前だけど
今はもう古本でしか買えない。

ぼくは、谷さんの詩も
佐内さんの写真もとても好きで、
「この二人のコラボなんて夢のよう」と、
ひとり本屋さんで興奮したのを
今でもよく憶えている。

ふたりとも何気ない日常を
あざやかに、こまやかに
静かな強度を持って切り取る。
あまりに当たり前なことは、
何か外部からの圧力や変化がないと
どうしても風景になってしまう。

それを前景化させ輪郭を
もって見つめるには、
じぶんじしんを
クリアにする必要がある。
過剰で饒舌なことばで
じぶんを着飾っても、
世界ははらりと落ちてしまう。

当たり前な日常を
丁寧に紡いでいると
そこには普遍性が出てくる。
どんな深遠な思想や
どこかの物珍しい世界の出来事よりも
よっぽど尊い営みは
ごく当たり前な日々の中にある。
そんなことを想いながら、
詩集のことを思い出した。
# by horomaru | 2011-04-27 23:32 | メモ

複雑ということ

この数ヶ月の間に読んだ本を通じて
ぼんやりと頭に浮かんだことは
「複雑さ」ということ。
どうやら、いつの間にか
じぶんは複雑ということを
避けていたような気がした。

学生だった頃、
「あぁでもない、こうでもない」を繰り返して、
ちょっと進んだり戻ったりしていた。
それは、若さだとかモラトリアムだとかいった
ことばで纏めてしまえばそれまでだけど。

その反動なのか働くようになって
よくわらかないもの、ファジーなこと
グラデーションのあるあわい....
そういったものに対する感受性のバルブを
一気に閉めきってしまっていた。
ここ数年詩らしいものも書いていないし、
散文ぽいものも書いていない。

逆にここ数年一生懸命になっていたのは
0か1かのデジタル思考。
わかりやく、平坦に説明できるもの、
それがビジネス上必要であるとはいうものの、
そればかりの世界は、何だかつまらない。
難解な哲学用語やマネジメント理論を
振りかざすのも何もおもしろくない。

そうじゃなくて、複雑なものは複雑なもの、
わかりにくいものをそのまま受け止め味わう感性。
そういった感受性をもう一度取り戻そうと想う。
複雑でわかりにくいことは世界そのものであって、
わかりやすくつるんとした世界は
頭の中だけなんだということに冷静であるために、
もう一度世界と真摯に向きあおうと想う。

# by horomaru | 2011-04-26 21:51 | メモ

耳を澄ます

日々は進んでいる。
でも、明らかに違う。
終わりなき日常が終わって、
急に現れた見えない日常。

ふとした瞬間に最近
どうしたらいいと
何度も問うている?
「どうしたらいい」という問いは、
「どう生きたらいいか」という問い。
でも、抽象的に頭の中で
捏ねくり回していた
20代の時の問いとは違う。

家もある。家族もいる。
電気も食べ物もある。
でも、「どうしたらいい」と
何度も問うている。
これは不謹慎な問いだろうか。

ガタガタと価値観が崩れかかっている時、
普段から深く深く洞察し、考えぬいていないと
きっととっさに動けない。
そのために何度も問うているんだろうか?
今はよくわからない。




# by horomaru | 2011-04-08 23:00 | メモ

地震のこと

地震が起きてから1週間。
twitterのTLで今回の地震で、
1日の長さが180万分の1秒短くなった
という記事を読んだ。
でも、何だかとても長い1週間だった気がする。

3月11日14時46分の前と後では、
世界が断絶してしまったような感じ。
TVもラジオも新聞もネットも
街の様子も人々の会話も
全てが「地震」の話題。
こうやって、じぶんも
今地震のことを書いているし。

16年前の阪神淡路大震災の時は
どうだっただろうか。
圧倒的に飛び交う情報量が
今回とは違って少なかった。
だから、じぶんの周りの世界が
地震のことだけで
覆われていたようには思わない。

もう少し隙間があった。
もう少し沈黙があった。

テクノロジーが発達し、
便利になり、今回の地震で
救われた命も多くあっただろう。
でも、テクノロジーの進歩が
人の想いやいのちの営みを
記号に変換することで消費し、
世界の混乱を助長し、淡いや淀みを消し、
のっぺりとした色で覆ってしまった。

感情論や情緒的なことを
言いたいわけじゃない。
ただ、もう少し沈黙を。
ちいさな声を聴くこと。
饒舌さの向こうにある
声をただ聴くこと。
祈りは沈黙の中でこそ届く。
# by horomaru | 2011-03-18 23:30 | メモ

30歳になるということ

明日で30になる。
10年前、20になるときは
どんな気持ちだっただろうか。

10年前。
まだネットはISDNで
googleができて3年で
iモードがあって
9月には911があって、
10月にはiPodが出て。

20の時の、
どこかツンツンとした
怒りみたいなものと
小難しいこと
をうだうだ悩んでいたり、
今から見ると
すごく遠いじぶんの
風景。

あの時、いまのじぶんを
イメージなんてできなかった。
10年後、40になったじぶんは
なにを想っているだろう。
不惑ではないだろう。
かといって、サラリーマンを
続けているとも思えない。

30歳って、ふしぎな年齢だ。
# by horomaru | 2011-02-25 22:47 | メモ

バルブを絞る

今年に入ってから
情報バルブをちょっと絞っている。
年末にちょっと情報中毒気味
になっているような気がしたから。

といっても、iPhoneは手放してないし、
RSSに登録されているブログの数は増える一方だし、
twitterはほぼチェックしているし、
何か読む本は常に手元にある。

それだけでも、大量の情報を浴びているけど、
今年から新聞を読むのを止めて、雑誌も買うものを厳選して、
テレビも限られたものしか見ないことした。

そう、今までの惰性的なマスを止めて
ネットに舵を切り始めただけだね。
今までは、ちょっと踏ん切りがつかなかったけど、
もういいやって思えはじめたから。
この判断はどう出るか、まだ少しこのままいこう。
# by horomaru | 2011-02-19 22:49 | メモ

記憶の陰

阪神淡路大震災から16年。当時中学生だった。
テレビで見ていた映像は、今でも目に焼き付いている。

震災から5年後。大学進学で大阪に行くことになる。
でも、神戸の街にはテレビで見た映像の欠片を
見つけることができなかった。
もちろん、ぼくの目の付け所が
アマアマだったのが一番の理由ではあるけど。

でも、ある人は言っていた。
「神戸の人は、うまく隠してしまった」
「みなくちゃいけないものを隠してしまった」
当時二十歳前後のぼくには、よく意味がわからなかった。
今でもよくわからない。

メディアは毎年、1月17日という日に
「あれから何年」と報道するだろう。
そして、人々の記憶が薄れていかぬよう
想いを新たに祈りを捧げる。

祈りの中に宿る魂の声と記憶の陰。
そこに漂う光とか空気に
今年も目を閉じて想いを巡らせる。
# by horomaru | 2011-01-17 21:53 | メモ

2010年の年末に




あまりに時代のスピードは早い。
10年前に比べ身の回りにある情報は300倍だそうだ。
年の瀬、簡単に今年思ったことをメモしておこう。

今年はこどもを授かったこともあるせいか、
今後の日本について考えることが多かった。
人口減少・高齢化社会関係の書籍も何冊か読んだ。
仕事でデジタル教育に関わることをするようになって、
未来の教育ついて考えることが増えた。

ただ、未来の日本を考えると、
憂鬱な気分になることが多かったのも事実。
時代は確実に動いているのに、時代錯誤的な意識や価値観。
自分たちの利権のみを考え、逃げきろうとするステークホルダー。

とはいえ、新しい価値観・新しい時代とはどうあるべきなのか
と問われるとことばにつまる。
理想論的なことを言えば、
「経済成長なんてしなくても幸せに暮らせる社会」がいいとは思う。

では、具体的にどうすればいい?
今の日本はいろんな意味で「過剰」だ。
食べ物・モノ・情報・...。「重厚増大」高度成長期の価値観をやめよう。
本当に大事なものを、必要なだけ、じっくり、大切に。
そういった価値観を持った人をミニマリストというらしい。
earth in us というブログを読んで知った。
とても共感できる素晴らしい価値観だ。

この国は、若い国ではない。成熟を迎えた国だ。
こんなことを30になる若造が言うのも、
何だか変な感じもする。
でも、そういう時代の巡りあわせなのだ。
この時代を受け入れ、人生を味わうこと。
それをこどもに伝えること。
人ひとりができることは限られている。
でも、やれることはあるのだ。
# by horomaru | 2010-12-31 20:40 | メモ

夏の隙間




夏休み。息子を連れて出かけたり(詳しくは、『ウサギとカメ』で)、ドラマやドキュメンタリーを見たり、本を読んだり...。いろいろ夏休み、忘れちゃう前に、メモ書きを。

戦争モノのドラマやドキュメンタリーを見て過去を考えたり、
 ●『歸國』
 ●『色つきの悪夢〜カラーでよみがえる第二次世界大戦』

糸井さんと永ちゃんの対談を観てお金について考えたり、
 ●『夏休み・お金をテツガクしてみよう』
 ●『ほぼ日刊イトイ新聞12周年記念 MONEY IS...』

新書を読みながら、近い未来について考えたり、お葬式ビジネスについて考えたり、
 ●板橋悟『iPadでつかむビジネスチャンス-ピクト図解ですっきり見える!』
 ●岡嶋裕史『ポスト・モバイル―ITとヒトの未来図』
 ●「イオンのお葬式」
 ●「お布施や葬儀のあり方で仏教界が真っ二つ!…お布施の目安額を明示したイオンが火付け役に」

内田先生のブログを読んだりツイッターを見ながら、出版について考えたり、
 ●『内田樹の研究室』

電子教科書について思いをめぐらしたり、
 ●「デジタル教科書:普及協議会設立」
 ●「iPad用電子教科書『CourseSmart』」
 ●「子どもたちをクリエイティブに育てる次世代学習コンセプト」

なんだかほんといろいろ。でもまだ休みが一日。ハーバードの授業も見たいし、波頭亮さんの本も読みたいなぁ。
# by horomaru | 2010-08-16 16:42 | ふぉと

時間の向こうへ


# by horomaru | 2010-07-17 13:46 | ふぉと
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日々の想い、日々の記録


by horomaru
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